和食の歴史って知ってる?

和食の歴史って知ってる?

和食の歴史といわれると、どんなものをイメージしますか?現在、和食はユネスコ無形文化遺産に登録されており、歴史的にも重要な意味をもつ文化として、全世界から注目されています。

和食は、造形美の美しさから海外からも評判が高く、その料理を完成させる日本の料理人は、確かな腕をもつ職人として優れた評価を受けることが増えてきました。今回は、和食の歴史を振り返ることで、その定義や魅力を再確認していこうと思います。

和食の歴史を知る前に定義を知ろう!

和食の歴史を振り返るために、料理そのものの定義について考えてみます。例えば「あなたにとっての『和食』とは何ですか?」と聞かれたら、どう答えますか?和食の歴史はとても長く、何世代にも渡って受け継がれてきたものですが、その定義は、今ひとつはっきりしない部分もあると思いませんか?

現在、農林水産省では、和食のことを「日本の伝統的食文化としての和食」と位置付づけています。その根拠となるポイントをピックアップしました。

  • ◆和食の構造を食材、料理、栄養の3要素で考えるにとどまらず、「もてなし」をという点を設けること。
  • ◆もてなしとは、主人が客をいかにもてなすかというサービスだけをいっているのではない。
  • ◆和食には、独自の作法がある。たとえば膳に向って食べる最初に「いただきます」という挨拶を全員でする。

和食の定義とは、料理そのものを意味するのではなくて、歴史的な背景やマナー、習慣を含めたものを総称していることがわかります。そのため、「和食とは、こういったものです!」と断言できないということです。白黒ハッキリさせないところが、なんとも日本らしいですね。

和食の歴史から見えた、料理の魅力とは?

私は、和食が大好きで京都調理師専門学校に入学したのですが、毎日、調理実習を重ねる中でその魅力に気づいてきたように感じます。

和食には、山や海、里など、多彩な食材を生かした「表現」が広がっています。日本の「自然豊かな国土」という特徴が活かされており、各地の気候や文化に根差した郷土料理は、どれも深い味わいがあります。料理によって用いる食材や素材の切り方、味付け、盛り付け方が違い、こういう部分にも地方色が現れていると思うのです。

そして、野菜を中心とするものが多く、栄養バランスが非常に優れています。これは、まさに和食の魅力ではないかと思っています。

和食は、料理を器に盛りつける際、自然の花や葉を美しく飾るため四季の移ろいを感じることもできます。わざびの盛りつけ方まで、徹底的にこだわり、食べる人のことを考えて、最後まで妥協しない日本人らしい姿勢は、和食に大きな影響を及ぼしているといえるでしょう。

和食の歴史を振り返ろう!

現在は、和食という言葉が当たり前に使われていますが、この言葉が歴史的にいつの時点で使われ始めたかご存知でしょうか?実は、1898年(明治31年)に、石井泰次郎の日本料理法大全と呼ばれる書物によって、日本料理という言葉が使われ始めるようになり、それ以降に自然と和食という言葉が普及していくようになりました。

文明開化の時代に入ってきた西洋料理のことを「洋食」と言い始めましたが、これに強い影響を受けて和食という言葉が同時に誕生するようになりました。そのため、江戸時代の以前より日本に存在する日本の料理のことを、和食と定義する人もいます。

和食は、中国から伝わった精進料理によって飛躍的に進歩し始めます。精進料理とは、肉や魚を使わず、植物系の食材を使う料理です。これは、仏教の教えの一つ「殺生をしない」というところから始まっています。今でも、禅寺院には食事を担当する「典座(てんぞ)」という役職があり、精進料理はこの「典座」の努力によって、発展してきたといわれています。

当時の日本では、食材を焼く、蒸す、ゆでる、という調理法が基本であり、これに「出汁を使って煮る」とか、その前にあく抜きをする、水煮という「下ごしらえ」が加わりました。

室町時代には、「本膳料理」と呼ばれる料理法が誕生し、確実に一歩ずつ和食の文化を確立していきます。そのため、現在の和食文化は、室町時代に確立したという考え方もあるようです。

その後、江戸時代になると、たくさんの料理店で和食が提供されるようになり、テイクアウトする文化も誕生するようになりました。食べ物を持ち帰るという食文化は、比較的新しい習慣のように感じますが、実は江戸時代にはすでにテイクアウトのスタイルがあったのです。

このように振り返れば、和食の歴史は、深く面白いと思います。私は現在、和食の歴史を学んでいますが、先人の知恵、磨き抜かれた調理の技を習得し、さらなる新しい和食の世界を作っていきたい、そう考えています。