料理人の修業は、必要?本音で教えて!

料理人の修業は、必要?本音で教えて!

もし、あなたが「料理人になりたい!」と思っているのなら、飲食店での修行は非常に大きなポイントです。日本料理やイタリア料理、フランス料理など、どの料理界で働くことになっても、ほとんどの人が先輩のもとで厳しい修行に耐えてきたという経験があります。

料理人の修行と聞くと辛く厳しいものをイメージしてしまいませんか?でも、そもそもそのような厳しい修行は、なぜ必要なのでしょうか。

料理人になるために修業は、必要なのか

料理界を観察していると、「厳しい修行は、必要ないのでは?」という声を見聞きすることがありますが、個人的にはやはり「修行は必要」だと思います。

最近は、インターネット動画でプロの料理人としてもつべき知識や技法を、比較的簡単に学べるようになりました。それでも実際の調理を行う場所で「修行」をするのは、やはり知識だけではなりない「技」や「腕」を磨くためです。

料理人として修業を積めば、自分の腕を磨くことができます。他にも、店舗を運営するスキルや独立後の具体的なシミュレーションを立てることもできます。そのようなものは実際に目で見て体で体験しなければ、得られないものばかりです。

修行を通して得られる体験が自分にとって必要だと思うのなら、しっかりと修行を積むべきでしょう。しかし、修行を積むことが絶対ではないため、最後の判断は、自分で決めるべきです。

自分自身のキャリアにおいて修業が必要だと感じるのなら、経験や技術を高めるためにも、料理界の先輩のもとでそれなりの経験を積むことは必要なのではないでしょうか。

料理人の修業は、辛い?

料理人の修業は、辛すぎて多くの人が辞めていく、というのも聞いたことがありますが、それは本当なのでしょうか?私は現在、飲食店で働きながら京都調理師専門学校に通っていますが、先輩から非常に厳しく指導して頂いています。

間違ったことをして怒鳴られたこともありますし、料理の途中で作業を取り上げられたこともありました。そのとき、先輩から「なんで、こんなにも厳しく指導しているかわかるか?」といわれました。

回答に困っていると、先輩が「お客さまが相手だからだよ。お客さまは、待ってくれないし、少しでも対応が悪ければ、たちまち悪い評判がたってしまう。料理人として料理の仕事を続けていきたいのなら、すべてのことを完璧にこなせなければいけない。」と教えていただきました。

この言葉を聞いたとき、料理人の修業がどれだけ辛くても、乗り越えていこうと思いました。

料理人の修業は、長く続く

料理長になるための料理人の修業は、非常に長く険しいものです。特に、繊細で高度な技術が要求される日本料理は、習得までに多くの時間を要するといわれており、どのようなポジションであったとしても、最低でも1年は修業の日々を過ごすことになります。

修行中に歳時記や年中行事などの食文化や包丁技術、調理法を学ぶため、すべてを習得するには、最低でも8年以上かかるといわれています。料理長になるには、日本のしきたりや決まりごと、盛り付ける器の種類や歴史について学び、お品書きの書き方をも習得しておく必要があります。

学ぶことがたくさんありますが、すべての物事を自分のものにできれば、一流の料理人としての道が開かれていきます。

日本料理の習得は、煮方の仕事ができるまでに6~8年、もっと奥深く調理技術を求めるのであれば、それ以上の年月がかかります。

就職先となる職場の大きさや従業員数、求められる調理技術によって、各ポジションの難易度や年数が変わりますが、修行中に学ぶ流れには、大きな違いはありません。

料理人の修業で習得する技術の段階

料理人としての修業がスタートすると、下記の流れで技術をひとつずつ学んでいくようです。

  • ◆追い回し、洗い方:洗い物や雑用などをしながら、仕事の全体像を把握していく。まかない作りや漬け物作りを担当することもある。
  • ◆盛り方、盛り付け:焼き物の練習を兼ねて、料理の盛り付けを担当する。(それぞれの持ち場の人が盛り付けるため、このポジションが存在しないことも多い。)
  • ◆揚げ物:すべての揚げ物を担当する。
  • ◆焼き場:炭を使った焼き物などを担当する。
  • ◆八寸場(はっすんば):先付や酢の物、前菜などを担当する。
  • ◆煮方:すべての煮炊き物や汁物の味付けを担当する。
  • ◆向板(むこういた):煮方と交代することもあるが、お刺身作りを担当する。
  • ◆立板(たていた):お作りや職場の管理など料理のすべてを把握し、コントロールすることを担当する。副料理長や二番と呼ばれ、料理長を補佐する仕事を任せられる。
  • ◆花板:職場の最高責任者。普段は、板前や料理長、親方、主任、真と呼ばれる。

昔から「職は食に通ず」といわれていますが、これは技術を習得していれば、生涯食べることに困ることはないという意味です。つまり、料理長を目指して、厳しい修行を積み続けることは、技術の向上につながり、材料を大切にする心やおもてなしの気持ちを培うことになります。

どこまでも厳しい道のりが続きますが、日本料理の文化を継承するうえで、避けて通ることはできないでしょう。

料理人の修業を乗り越えるための心構え

これから、理不尽なことで先輩の料理人から修行中に怒られることがあるかもしれません。それを乗り越えるうえで大切な心構えは、自分が調理人としてどのように仕事をしたいのかを考えることです。

何事も我慢することや忍耐強さこそが大切だといわれますが、修行は、我慢ではありません。料理人として生きていくための勉強です。料理人の修業を「我慢」だと考えてしまうのならば、そこから先、本当にお客さまに喜んで頂けるような料理は作れなくなるでしょうし、なによりも自由な発想力をもつことが難しくなります。そんな時には「なぜ自分は料理人を目指そうと思ったのか」や「自分が料理人として一人前になったら、どのような仕事をしたいのか」を、思い出してください。

そして、疲れた心をちょっとだけ休めてあげるために、「今日は何もしない日」を決め、気持ちと心を「料理」から解放しましょう。何なら、2-3日くらい家から離れて、ゆっくりするのも良いですよね。心を解放してあげると、再び元気がわいてきます。すると、辛い日々の中でも、先輩からなにをどう学べばよいのか、自分がもっと伸ばすべきポイントは何かなど、「修行」そのものを一歩下がって眺めることができるようになります。

私は現在、飲食店で先輩から厳しく指導をして頂いていますが、この厳しさがどんなことも乗り越える力となると信じています。自分自身が今なにを学ぶべきなのかということを意識し、1日を無駄にすることなく、修行していきたいと思っています。